ザハ・ハディドと聞いてピンとくる人はあまりいないだろうと思う。もちろん建築が大好きな人は、絶対に知っている名前だけれど、どんなものでもそうだけれど、自分に興味のないものは覚えられないもの。
だから、自分が知っている有名なものを、さも世間全員が知っているという書き方をする人を私は好まない。
例えばワインでよくある(笑)「誰もが知っているピノ・ノワールの…」などと書くことは、ワインに全く興味のない人にしてみたらものすごくしらけてしまうのだ。自分の得意分野であればあるほど、全ての人にわかるように…専門用語を使うなら、その単語を抜かして読んでも雰囲気が広がるように書くべきだと私はいつも感じている。
と…私の持論はどうでもいいか(笑)
私はザハを知らなかった^^;いや、もう全く知らなかったのだ。ただ、この説明をするとみんなピンとくるのではないだろうか?
オリンピックの新国立競技場の最初のコンペで彼女の案が通り、本当はザハ建築になるはずであった。
だが…建設費まで入れるとあまりに莫大な費用とか、大きすぎて周辺に調和しない(衝撃的なほどにダイナミックで、見たこともないようなデザインだったからかもしれないけど…)などの反対派の意見が強く
…結局ザハ建築は日本では永遠に見ることはできなくなってしまった。というのも…彼女は2016年に心臓発作で死去しているのだ…
そして…パートナーはそれを悲しんでいる1人だ…
彼は、挑戦的でありながら後世に渡って色褪せることのない建築が好きである。そしてそれを残すべきだと思っている。
だからこそ、ザハ建築を楽しみにしていた。
そして…
ソウルに円盤が降り立っていたのだ。なのに、なのに…周囲がそれほど高層でもないこの街にぴったりと!!!
パートナーが
「これが曲線の女王だ!!!」と声を上げ感動していた。(それからというもの、ソウルにいる間1日3回はここに行き続け…以来、私がソウルを思い出す時には、この建物が一番に出てきてしまうのだけれど)
そしてその建築が「当たり前のように」街中にあることはすごいことだと思った。
失礼ながら、国立競技場に関しては、私はこれを見るまでは建設費だけを聞いて「うわぁ、もったいない」と思った1人だ。でも、心の底から撤回したい。
永遠に残るもの…オリンピックが終わっても…デートスポットに、建築好きの人のために…ほっとしたい時に…さまざまな用途があっただろうと思う。ザハさんはもういないのだ…
日本は経年劣化するものが多すぎる気がする。
でも、考えて欲しい。日本にも少なくなったがあるにはある。京都のお寺、古民家、ここに出したらキリがないけれど最近見た中ではでは21世紀美術館など…やっぱり経年変化はあっても劣化しないものは本当に美しい。
中もまた、妥協がなかった。
どこまでも曲線…柔らかくて優しい曲線…
建築に興味がない人でも、なんだかここの場所は気持ちがいいな…そう思えるものだった。
このド素人の私ですら、心を鷲掴みされた。パートナーがソウルにいる間、ちょっと時間があれば「ザハ見に行こう!」という気持ちがわからないでもない(笑)
まぁ、最終日の朝は「うん、ちょっと飽きたかな」と心の中で思ったけれど…^^;でも、彼の誕生日だ…私は頑張ったのだ(笑)
でもあれだけ1つの建築を見続けるパートナーの情熱。
いいものはいい!そう思える人なのだ…
観光地を適当に見る人ではないから、旅をしていると1つの場所に何時間もいることがある。
私には、そんな時間がとても合っている。
ソウルに行く人は多い。でもこの建築をなんとなく横目で見て終わる人が多いのではないだろうか?
ぜひ、しっかりと見て欲しいと思う。
建築家の息吹を感じてほしいと、ド素人の私が思う…
セレナ